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精神的な飢えは目に見えない

· 約6分
Yachiko Obara
共同代表 @ ポリマスリサーチ
Hiroki Obara
共同代表 @ ポリマスリサーチ

マリア・モンテッソーリの著書『The Absorbent Mind』の中に飢えている人のたとえ話があります。 これは学習欲を食欲にたとえたものであり、精神的栄養物を必要とするこどもたちの精神的飢餓の問題を表しています。 肉体的飢餓状態は目に見えるのでその深刻さがわかりやすいですが、精神的飢餓状態は目に見えないのでほとんど気づいてもらえません。

A starving man (飢えている人)

"If a man is starving for lack of food, we do not call him a fool, nor give him a beating, nor do we appeal to his better feelings. He needs a meal, and nothing else will do. The same thing applies here. Neither severity nor kindness will solve the problem. Man is an intelligent being, and needs mental food almost more than physical food. "

(食べ物がなくて飢えている人がいても、私たちはその人を愚か者呼ばわりしたり、殴ったり、諭したりはしない。彼には食べ物が必要であり、それ以外にできることは何もない。こどもの場合にも同じことが言える。厳しくしても優しくしても問題は解決しない。ヒトのこどもは知的生命体であり、ほとんどの場合、知的生命を維持するために、肉体的な食べ物よりも精神的な食べ物を必要としている。)1

こどもたちが精神的な飢えに苦しんでいるかもしれない

肉体的に飢えている人を観察するとします。すると色々なことに気がつきます。

肉体的に飢えている人というのは、ものすごい空腹で本人は一刻も早く食べ物を口にしたい。そのために道端に食べ物が落ちていないかと血眼になって探したり、食べ物を持っていそうな人を見かけたら食べ物をねだったり、あるいは奪おうとしたりする。本当に長い時間何も食べていなければ衰弱して死んでしまう。 死ぬよりもましだからと本来食べるべきでないもの、例えば汚染されているものや身体を毒するものを食べたり、あるいは健康維持に役立たないが生命を最低限維持できるもの、ほとんど栄養がないものを食べたりして、飢えを凌ごうとするものだと思います。

一方、精神的に飢えている人を観察した場合、どのような特徴が見られるでしょうか。これをお読みいただいている読者の方は各自で考えてみてください。

私たちは、これは単なるアナロジーではなく、こどもたちを悩ませる諸問題、例えば、いじめ問題や不登校問題など学校教育に関する問題の根幹に関係しているのではないかと考えています。 また、こどもたちがアニメやゲームなどのファンタジーの世界に過剰に夢中になってしまう理由もここにあるのかもしれません。

大人たちを悩ませる諸問題、例えば、うつ病などの精神疾患、発達障害や認知症など認知機能に関わる問題の解決のヒントになる考え方ではないかと思っています。

発達理論研究が大事

私たちは、ポリマスリサーチの活動を通して、現在の社会ではあまり重要視されていない「精神的飢餓」という観点から、 こどもたちを取り巻く様々な問題は精神的飢餓がもたらす兆候であるという仮説を持って、その根本原因を解消するための環境を整備していくという取り組みを進めていきたいと考えています。

精神的飢餓を解消するためには、ヒトの精神に何が必要かを理解しなければならず、ヒトの発達理論研究が必要となります。 現在の教育に関する議論に決定的に欠けているのは、議論の時間を増やすことでも世界の教育事例研究を深めることでもなく、ヒトの発達に対する洞察です。

私たちは、ヒトの発達研究が人類の教育システム進化のボトルネックになっていると考えています。 そのため、第一に「ヒトの発達研究を進め、その研究過程で得たヒトの発達に対する洞察を得ること」、第二に「得た洞察に基づき、こどもたちに必要な環境を整備していくこと」という明確な指針で活動しています。

現時点で得ているヒトの発達に対する洞察の例

現時点で得ているヒトの発達に対する洞察として、いくつか例を挙げます。

  1. ヒトは万能を目指している(身体機能は道具として外部化して進化させていく)
  2. 自己教育力の最大化により全人格の発達が達成される(不立文字、教外別伝。大事なことは教えられない。自分で体験して発見するしかない)
  3. 智慧は自然宇宙からのみ授かるもの(物理法則など宇宙の神秘を解き明かそうとしたときにヒトの常識や先入観が邪魔になる)
  4. 心の発達には体験の多様性が必要2(各発達段階に応じた最適な活動は複数存在する)
  5. 能動性獲得のために自己選択の余地が必要(オープンワールド原則。すべての活動内容および時間、空間は自分で自由に選択できなければならない)
  6. 作業に没頭することで精神の自己組織化が起こる(知的能力を統合的にフル活用するハードワークにより秩序を獲得する)
  7. 試行錯誤する自由が必要(繰り返し挑戦することで洗練された動きができるようになり、成長実感を得る)
  8. 仲間と協調するために優しさが必要(邪魔し合うのではなく相互に協力する関係を築かなければならない)
  9. 自己評価のみを頼りにする(他者の評価ではなく自己評価によって振る舞いを改善していく)
  10. 健全なものは健全な環境でしか育たない3(健全でない環境ではこどもは環境を破壊することにエネルギーを割く)

これらの洞察が実際にすべてのヒトに有効かどうかも含め、私たちの発達理論研究はまだまだ発展途上です。これからも発達理論研究の歩みを止めず、こどもたちの環境改善を目指して社会実装までできる限り早いスパンで邁進していきたいと思っておりますので、応援よろしくお願いします。


Footnotes

  1. ポリマスリサーチによるオリジナルの訳出

  2. ポリマスリサーチでは、心は精神の表出している部分と定義。地球でいうと心は生命圏であり、表土に該当する部分。精神は地圏に相当。原始地球の表土は岩であり、岩だらけの表土に生命が住めるようになったのは生物たちの多様な活動や小惑星の追突、他の天体との相互作用があったため。現在の地球の恒常性は生物多様性に大きく依存している。同様に、精神世界(精神、心を含む)の恒常性は体験多様性に大きく依存しているとみている。

  3. モンテッソーリ発達理論では、ノーマライゼーション(正常化)という現象が見られるが、これは環境が正常化した結果、その環境で過ごすこどもたちの精神も正常化するという法則で説明。ポリマスリサーチでは、この法則はヒトだけでなく植物やヒト以外の動物にも当てはまると考えており、すべての動植物を含む生物一般に適用可能な法則ではないかみている。ポリマスリサーチでは、このような生物一般に適用可能な「発達の物理法則」とでも呼べるような法則を見つけることを発達理論研究の指針としている。